ショパン作曲:「雨だれ」ガ流れています





      
 

全世界に行って

福音を

宣べ伝えなさい


マルコ:16-


ショファイユの幼きイエズス修道会は、
1859年フランス(ショファイユ)で創立されました。

日本には、1877年創立者レーヌ・アンティエが、ベルナール・プティジャン司教の
要請に応えて、4名のフランス人シスターを派遣しました。

今日、フランス・日本・カナダ・ドミニカ共和国・チャド・カンボジアにおいて
教育、福祉を中心とした様々な活動をしています。


源泉は、受肉されたみ言葉の観想を鼓吹し、それを教える
17世紀のエコール・フランセーズの霊性の流れを汲んでいます。


シスターたちはマリアにおいて幼子となられた神の愛の秘義を
示すよう招かれています。特に恵まれない地域で、
主に青少年、病人、貧しい人々への
キリスト教的教育に献身します。




ショファイユの幼きイエズス修道会:2009年9月14日
創立150周年
神の呼びかけに応えて生きようとした女性たちが
聖霊に導かれて共に集い使徒職
「いのちへの奉仕」に献身してまいりました。








●私たちの人間性を完成に導くために人となられた神をはっきりと述べ伝えます。
●神を信じる人々が、信仰を深めながら、イエズス・キリストの証し人として生きるのを助けます。
●すべての人が「いのち」の神秘を十分に意識し、「いのち」を神からの贈り物として
大切にし、「いのち」に対する感謝と喜びを実感できるよう援助します。




日本管区創設者

 日本のキリスト信徒発見で名高いプティジャン司教の招きに応え、禁教令が解けて
間もない1877年(明治10年)、4名のフランス人シスターが来日しました。



マリー・ジュスティヌ(36歳)
センテリー(28歳)
セン・フランソワ・ド・ボルジア(27歳)
マリー・ベルナルディヌ(23歳)


 シスターたちは言語に絶する困難を乗り越えながら、教会や人々の必要に応えて
教育や福祉に献身し、日本管区の礎となりました。

 その後、神戸・大阪・長崎・京都・熊本・和歌山・東京・鹿児島・福岡・沖縄などに
支部を設立し、創立者の精神と時代の要望にもとづき、
教育事業・社会福祉事業の一層の促進を計り、
よりよい社会の建設に寄与することを念願し活躍しております。

 日本管区本部は、宝塚市仁川にあり、各地に散在する19の支部と事業所で、
270余名のシスターが使徒職に惜しみない努力を続けています。












修道会発祥の地
フランス・ショファイユの母修院













レーヌ・アンティエ
受洗教会

 


創立者:レーヌ・アンティエ



  レ−ヌは、フランス革命の嵐も静まり、教会が再び活気を取り
戻した1801年11月19日、フランスの中部、
オーベルニュ地方のローソンヌ村に誕生。

生来豊かな天分に恵まれていたレーヌは、活発で独創性に
富んだ茶目っ気たっぷりの明るい子供であった。
一族から多くの聖職者を出した信仰の家族を背景に成長した。
幼少期のレーヌはの喜びは、
「多くの人々が神を知り、神を愛するようになること。」であった。

 レーヌは、伯父の勧めでル・ピュイ・アン・ヴレの聖なる
幼きイエズス教育会の学校で学ぶ機会に恵まれる。

 1823年1月3日に、ル・ピュイ・アン・ヴレの聖なる幼きイエズス
教育会の会員として、神への奉仕に生きる誓約を行う。

1846年10月31日、レーヌ・アンティエは、ニコラ・ランベール
神父
嘆願に応え、教育会の数人のシスターと共に
ソーヌ・エ・ロワール県のショファイユに派遣される。
そこで学校教育・福祉活動に専念する。

ブルゴーニュ地方の奥まった村々に、彼女たちによって
数多くの女子学校が開設された。

  1859年9月14日、幼きイエズス修道会は、教会から公認
された修道会として正式に誕生。レーヌ・アンティエは、
総長に選出され、修道会創立の任を引き受ける。

 レーヌ・アンティエは、1883年10月28日
ショファイユ(母修院)において永眠。








レーヌ・アンティエの生涯を
わかりやすく紹介した絵本。




日本管区本部修道院

管区本部 仁川本部修道院全景 本部修道院正門

 

 
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方は、どうぞ何時でもご遠慮なくご一報ください。
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ショファイユの幼きイエズス修道会日本管区本部
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